蒼夏の螺旋 酸いか甘いか、レモネード。


ゾロが風邪引いた。
後輩さんの担当していた企画への助っ人にって呼び出された先で、
冷たい雨の降りしきる中、
風に撓んでたブースや何やの補強っていう設営作業に勤しんでたからで。
頑丈なのが取り柄のゾロだったから微熱が出たってだけで済んだんだろうってほどの、
随分と無茶な工程とスケジュールの大車輪作業になったらしい。

 『このシーズンは、どこも人手が足りねぇんだ。』

そうと判ってんたなら尚のこと、
前以てしっかりと計画立てて、人員補給しとくもんだろうにさ。

 『なに、慣れてる人間がやるんなら、素人がやるより手際が違う。』

だから早く片付くだろうって?
ずぶ濡れになって冷えきって帰って来た人が何を言うかな。
どう考えても…そういうことへは ずぶの素人な俺にだって判ること。
それって、本来の担当者の後輩さんとやらが、
途轍もなく手際が悪くて、しかも見通しが甘くて招いちゃった、
不運にも降って沸いた、というよりも、
やって来て当然のピンチって手合いだったんじゃなかったの?
大方“助けてください”ってすがられて、断り切れなかったに違いないんだ。
不器用なゾロ。
昔っからそうだった。
日頃から和気藹々
あいあいと、誰とも彼とも付き合う方じゃあない。
毎日毎日、剣道の練習に忙しかったし、
暇が出来れば出来たで、竹刀振ってたり腕立て伏せしてたりする、
どっちかって言うと付き合いの悪い奴だったらしいのに。
だったら無愛想なままで通してりゃあいいものを。
手が足りなくって困ってる奴がいると、黙々と手伝ってやってたんだってな。
道場の掃除、村祭りの準備の雑用、子供会のビラ配り、花見の後の公園の片付け。
自分の分担じゃなくたって構わずに手ぇ出して。
やったぁ終わった…って さっさと帰る連中がその場に放り出してったホウキまで、
ご丁寧に片付けてやってたのよねって、くいな姉ちゃんが話してた。
ありがとうって言ってほしい訳でもない。
ただ手が空いてて暇なんだったら、手伝ってやればとっとと片付くだろ?って。
簡単な理屈じゃないかって、けろっと言ってた。

  ――― でもさぁ。

今頃と言えば、クリスマスやお正月の大きな企画。
書類の上での“プランニング”や手配契約などなどの“準備”から、
いよいよ具体的な実行へと動き出さなきゃならないだろう頃合いだったからね。
今期はそういった企画は任されてはいなかったことを、
良かった・良かった、なんてラッキーなんだろう”なんて、喜んでてさ。
熱出したのに何が“ラッキー”だ、この馬鹿ヤロが。
確かに今は余裕のあった立場だけれど、
それはもっと大きなプロジェクトに携わってたからだろうに。
春から半年ほどかけてっていう、
しかも異業種混合のコラボレート企画の推進スタッフとして大々抜擢されていて、
様々な試案をそれはそれはじっくりと準備中って身だったくせして、
そんな小さなものへ渾身のお手伝いして風邪ひいてさ。
しかも…その後輩さんとやら、
何とかなった、間に合ったこと、
全部を自分の手柄みたいに吹聴して回ってるらしいじゃないか。
カオルちゃんとかkinakoちゃんとか、そりゃあもうもう怒ってたんだからね。
何で知ってるって、だって二人とはメル友だもん。何か文句あんの?
あんまり癪だから、俺、サンジに言って
そいつの担当してる企画、ことごとく妨害してやろうかって思ったほどだぞ?
……………………。
うん。してないよう、そんなしたらゾロの会社自体が評判落とすんだし。
どうしてくれようかって思ってたらさ、
そのイベントにって呼ばれてたゲストさん、
CMにも出てたイメージガールの女優さんがサ、

 『あら? ロロノアさんはおいでじゃあないんですか?』

あの方に“どうしても”って口説かれたから、ご依頼お受けしましたのにって、
社長さんとか幹部の方々が鼻の下を延ばしてた正にその時に
しきりとそう言ってたんだって。
そいで“あれれぇ? なんか話がおかしいじゃないか”ってことになったらしいよ?
さっきまで喧しいほど鼻高々だったけれど、
どうやら、君の采配じゃあない部分が結構あるらしいねぇって。
………何をしようとしてるかな?
携帯だったら、ほれここに、没収させていただきました。
弁解なんてしてやる必要はナッシングだからねっっ!
そんな過保護ばっかしてたら、ロクな企画マンにはなれないぞっっ!
それよか、岸本先生がそろそろおいでだから、
パジャマを着替えておかないとね。
何だよ、逞しくなったもんだって?
当たり前でしょ?
ゾロの方こそ、鍛えてた余裕もそろそろ蓄えがなくなって来たんじゃないの?
風邪引いたなんて久々すぎて、体もびっくりしたに違いないんだから。
いい機会だから、じっくりと羽伸ばししてなさい。いいね?





            ◇



 おっ立てた人差し指を宙で振り振り、そりゃあ偉そうに大上段からのお説教をして下さった奥方だったが。加湿器の水がなくなりそうだと、水差しを取りに寝室から出て行った背中を見送りながら、
「…………。」
 旦那様がこっそりと、熱に温もった吐息をついた。寝込むほどじゃあないと言ったのに、大慌てで掛かり付けの医師へと連絡をしたルフィに、問答無用で寝かしつけられ。そりゃあ素早く、会社の方へも欠勤の旨を電話してしまった彼であり。そんな大層な病状じゃあないと言ったところが、久々に切り札を出されたから…沈黙せざるを得なかった。

  『言うこと聞かないと、泣くぞ。』

 ずぶ濡れで帰ったところから来ている熱なのは明白だったから。これは逆らえないなと諦めた旦那様、強引に出られなかったのには………もう一つほど理由があって。

  『サンジ、どうしようかっ。ゾロが熱出したようっっ!』

 頑丈なゾロ、それがだるそうにしてるんだ。もしかして何か怖い病気かも。働き過ぎての過労による多臓器障害とかだったらどうしよう。寝室から離れた小部屋にて、インターネットの特別回線にて地球の裏側のお姑様へ、ヘルプを出してた小さな声が、あまりに切実そうだったから。小さな奥方へ、これ以上の心配をかけてはいけないと思ったゾロだった。
“…まあな、確かに、調子のいいばっかな奴ではあるよな。”
 それに引き換え、こっちはやっぱり不器用なお人よし。特に謝意をほしいと思ってやった訳じゃあないんだけれど、だったら尚更…誰よりも大切な人の方を困らせていては、確かに いかんいかんな順番だろうから。これからは、それをまずは思い出した方が効果は絶大かも知れず。
「…よっと。」
 小汗をかいたパジャマ。着替えておくかと身を起こせば、サイドテーブルに置かれてあったカップが目に入る。緑と赤、お揃いのマグカップには、まだ湯気の立つレモネード。そんなに入れるのかとゾロが苦笑したほど蜂蜜を垂らしたルフィだったのに、
“そういえばまだ一口も飲んでなかったな。”
 笑われたからとムッとして、それから始まったお説教だったからね。せっかくのが冷めるぞと思ったと同時、せめて自分のは飲んでおこうと手に取れば、鼻先に届くレモンの香りが心地いい。
「………あち。」
 あ、あいつめ、こっちにも入れやがったな。けど、そんなには甘くないかな。なんか別の味もするぞ。もしかしてショウガも入ってないか? すっかり板についた奥様業の筈だろに、さすがに“看病”というのは不慣れだからかな? お茶目なことよと再びの苦笑をし、目許を細めて一口二口。あなたの一番大切な、パタパタと動き惜しみをしない元気で小さな奥方が、誰よりも何よりも一番大事にしているのも旦那様。体を休めて暖めて、どうか早くお元気になって下さいませね?






  〜Fine〜  05.11.27.


  *うっかり忘れとった“蒼夏の螺旋”のお二人にもご登場願いました。
   これこそ“枯れ木も花のにぎわい”です。
(おいこら)

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